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宇仁貫三さん死去、殺陣師(たてし)とはどんな役?ゴジラや鬼平犯科帳で指導していた!

殺陣師(たてし)として有名な宇仁貫三さんが死去されたとの報道がありました。

死因は肺がんで、享年78歳とのことです。

黒澤明監督の「用心棒」やドラマ「鬼平犯科帳」、そしてゴジラシリーズでも活躍されたそうですね。

この記事では、宇仁貫三さんが担当されていた殺陣師(たてし)について、そして担当された作品についてご紹介しますね。

宇仁貫三さん死去、殺陣師(たてし)とはどんな役?

殺陣師(たてし)として有名な宇仁貫三(うにかんぞう)さんが1月10日に死去されたそうです。

死因が肺がんで、享年78歳とのことです。

宇仁貫三さんは兵庫県出身で、黒澤明監督の「用心棒」「椿三十郎」といった作品で斬られ役からスタートし、殺陣師久世竜の弟子となり、のちに専業の殺陣師として多くの作品に出演されています。

なお、宇仁貫三さんの弟子は寺島進さんです。

さて、この殺陣師(たてし)という専門の職業について、いったいどういうことをされるのか検討がつかなかったので調べてみました。

 

殺陣師(たてし):
殺陣(たて)の型を俳優に教える人、とされています。

なぜ「殺人」を「たて」と呼ぶのか疑問に感じるひとも多いと思います(わたしもそうでした)。

そもそも、江戸時代に歌舞伎の「立ち回り」を略して「たて」と呼び、それに殺陣の文字をあてたことで、今のその呼び方になっているそう。

 

また、演技の中で使われることばに「からみ」がありますが、「からみ」の意味はこちら。

からみ:
劇構造のうえからはまったく意味のない役で、主演者の強さを強調したり、その動きを引き立たせるため、主役に絡んで立ち回ったり、とんぼをきったりする端役のこと。

 

演技に詳しい方が仰るには、「殺陣師(たてし)」と「からみ」は異なるそうです。

確かに言葉の意味からすると、殺陣(たて)を教える人と、それを演じる人の違いということになりそうですね。

宇仁貫三さん死去、殺陣師(たてし)としてゴジラシリーズや鬼平犯科帳で活躍していた

宇仁貫三さんはなんとゴジラシリーズやドラマ「鬼平犯科帳」で活躍されていたそうです。

ドラマ「鬼平犯科帳」ではシリーズ開始当初から28年間も殺陣師として活躍されています。

ちなみに関連するゴジラシリーズがこちらになります。

ゴジラvsビオランテ(1989) :擬斗:宇仁貫三

ゴジラvsキングギドラ(1991) :擬斗:宇仁貫三

ゴジラvsメカゴジラ(1993):擬斗:宇仁貫三

ゴジラvsスペースゴジラ(1994):殺陣:宇仁貫三

ゴジラvsデストロイア(1995):擬斗:宇仁貫三

モスラ(1996):擬斗:宇仁貫三

モスラ3 キングギドラ来襲(1998):殺陣:宇仁貫三

宇仁貫三さん死去、ネット上での反応は?

宇仁貫三さんが亡くなられたことについて、ネット上では悲しみの声が多く挙がっていました。

俳優の堀内正美さんのツイッターによると、昨年に撮影で一緒になった際に、すでに体を悪くされていたことを知ったそうです。

殺陣師(たてし)として活躍されている方は少なく、今後、どのようにして殺陣師(たてし)を存続させていくのか気になるところです。

宇仁貫三さんのご冥福をお祈りいたします。